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突然ですが

投稿日:2019年11月05日 ブログ一覧

福山支店 藤本です。 

突然ですが

東日本大震災が起きた時、皆様は何をされていましたか?

リアルタイムで地震・津波の被害状況をメディア等で見て何を感じましたか?

 

東日本大震災が起こった今から約8年8ヶ月前、その当時私は前職の建築会社で基礎特許工法を武器に全国を飛び回っており、地震発生時は大阪のJR吹田駅貨物ターミナル駅内で新宿舎に伴う基礎工事の監督をしていました。

3月11日、規制の多い現場内で忙しなく工事をしている最中携帯に地震速報が入り、危機感を感じながら地震で影響のあった施工途中の仙台・霞ヶ浦・鎌ヶ谷の各現場へ14日現場完了後、社用車で向かいました。

各現地は未だ混乱し、ガソリン及び食料が調達出来ないとの事で大阪で車に積めるだけ買い込み高速に乗り関東に向かいました。

その道中の夜、静岡市に差し掛かった際静岡県東部地震に遭遇。この地震で清水PAから通行止めになったが15日早朝復旧し急いで各現地に向かいました。

まだ余震が続く中、関東の各現地を回った後、日が落ち始めるころ常磐自動車道に乗り仙台に向かいました。

いわき中央IC過ぎた辺りで渋滞にはまり、リアルタイム情報が欲しくて滅多に聞く事のないAMラジオを聞いていると、「福島第一原発で更に水素爆発の可能性がある」との情報。

 

えっ!?

(……このまま行ったら原発の近く通るし…こんな渋滞で原発近くに差し掛かったとき爆発されたら逃げ道ない…)

 

渋滞でノロノロ運転の車の中、物資運搬の大型トラックに囲まれながら今まで体験した事のない恐怖に駆られ、、、

速攻で仙台の現場担当者に連絡し近くのICで降り引き返しました。

ちなみに仙台の現場は海沿いであった為津波が襲い、使用していた重機は全て水浸しになり廃車となりました。

 

あの時の恐怖感は、私の語彙力のない文章では余り伝わらないと思いますが…

 

 

その後

2016年7月初夏

南相馬市で仕事が入り、現地では放射線検知器を首にぶら下げながら約2週間滞在しました。

東日本大震災から約5年5ヶ月後

当時私が現地でリアルに見た感じた事を書いた文と写真があるので載させて頂きます。

 

 

・2016年7月11日

昨日は仕事が全休だったので

ホテルのある南相馬市から

原発に近い隣町の浪江町に行ってみた

 

東日本大震災時

原発から高濃度の放射能が流出

原発に近い浪江町・双葉町の全市民が避難

その日から

町は高濃度放射線が覆うゴーストタウンとなった

 

あれから約5年

現在は除染作業がかなり進んでいるようだが

ガソリンスタンド・コンビニ・ホームセンター・薬局など店舗等は全て閉まっており

ほとんど人が住んで居ない状態

山岳部では今でも致死量の放射線やセシウムが検出され、道路は全国の警察官が動員されて警備・閉鎖されて行けなくなっている

海岸沿いに行ってみた

津波で被害にあった防波堤後方に

新しく防波堤を建設中だった

 

…正直な気持ち

この程度の防波堤を作っても

またあの大津波が来たらもつのだろうか…

東日本大震災

直接被害に遭っていない俺が

この浪江町や隣町の双葉町の惨状を見た時

他人事ではないと痛感する

恐ろしくなる

 

もしもここが自分の故郷だったら…

 

一瞬にして人生が180度変わってしまう恐怖と憤り

 

 

地震大国日本、温暖化・地殻変動が進む中これから日本はどうなっていくのだろうか